テリー伊藤、読売テレビで国民主権の根本原理を否定。

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投稿者:FISHEYE0510さん

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「公約は国民に対して行われるものではない」との趣旨の発言。マニフェスト(Manifesuto)とは、ラテン語から派生している、原理・原則の表明。(Wiki参照)Manifesto is derived from the Italian word manifesto, itself derived from the Latin manifestum.A manifesto is a public declaration of "principles" and intentions.己の変わることのない信条や主義を公に公表することをマニフェス トといい、ソビエトの共産党宣言やアメリカ独立宣言、あるいは、タムワースマニフェストの様に明確な政策の実行プランを選挙前に 政党が有権者に示す事によって政党を信任するか否か決定する為政者候補からの誓約である。テリーの発言はこうした長い歴史と国家の尊厳を賭けたマニフェス ト、即ち政党と民衆との間で交わされた政策プログラムの結果に対する評価としての信任・不信という民主主義の根幹原理をも否定す る。マニフェストが撤回された場合は詐欺であり、実現できない場合はそれに応じて政権担当能力評価を引き下げなければならない。 官僚機構を否定し、政権による行政運営を標榜する民主党政権にと って、官僚機構への指示というテリーの思い込みは誤りであり、テリーの言い分が民主党政権の本意であるなら、有権者を欺く嘘以外 の何者でもないと解することが出来る。しかし、民主党政権は掲げた公約を実現しようと努力する姿勢を見せている。また、政権能力に対する評価は、マニフェストの実現状況によって 選挙の都度国民から評価されるものであるが、掲げた誓約によって信任を受けた以上、政権の骨子としてマニフェスト以外のものは無 効であり、新たなマニフェストを建てる場合は改めて国民の信を問うのが国民主権・民主主義の原則である。テレビメディアは公器であり、私人による大衆への侮辱によって得 られる浅はかな愉悦に提供される為の道具ではない。しかし、ここまでの考察からテリー伊藤は有権者・主権者たる日本国民を侮辱し たばかりか、民主党の信用をも著しく毀損した危惧をぬぐうことは 出来ない。それ以上にこのような私的な自慰を許したメディアに、公器として の自覚を問う必要すら感ずる。 対話は重要であるが、結果を覆い隠すものでも、反証を封じる為の 手段でもなく、結果と評価、進捗状況や情報公開、そして其の評価 が繰り返されることで国益を損ねることなく健全な政策を実施して いく為の手段であり、政治家の義務である。 無責任な公器が無責任な道化を雇って国民と政府を嘲笑するために 掛ける金や保護すべきモノは無いと思う。この茶番を見て、諸氏は どう感じるだろうか?

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