青木慈雲 妙法山 降霊。スケスケ滝行!(懐かしの霊能者シリーズ)
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公式ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/autumn_snake_1995慈雲院の沿革http://jiunin.net/enkaku.html 懐かしの霊能者シリーズ 青木滋雲 妙法山 降霊。スケスケ滝行 三重県多紀郡 懐かしいですな~、滋雲法師・・・・。 白いお髭に、独特のだみ声の読経。かつて心霊番組といえば、宜保愛子と織田無道、そしてこのお方が定番でしたな・・・。 尼僧を沢山引き連れての全国、悪霊退治行脚、ご苦労様でした。で、70才でお亡くなりになられたそうですが、案外早くのことで意外ですな~。若い女性に生気を吸い取られたのでしょうか・・・、この当時は、まだ60歳。降霊にも、信者向け教育ビデオの演技指導にも気合が入っております。ピンク映画の助監督もしていたと仰るだけに、その演技力もなかなかのもの・・・。 それにしても女子大生のスケスケ滝行は泣かせますな~。 天国でも多くの美女に囲まれ、演技指導されておられることでしょうな・・・。慈雲院の沿革昭和4年2月17日 慈雲院創設者の青木慈雲(本名・青木理)が、神奈川県鎌倉郡瀬谷村(現・横浜市瀬谷区)で出生。慈雲の実家は、日蓮聖人も通った身延から池上へ抜ける街道沿いで旅籠を経営していた。母は法華経の信者で身延山に帰依している。叔父は真言宗の僧侶だった。 昭和18年4月 旧制中学卒業後、清水高等商船学校に入学。卒業後は日本郵船の所属となり、高浜の海員学校、岡山の児島商船学校で教鞭を執る。その後、YMCAで英会話を習い厚木基地で仕事をする。 昭和28年4月 武蔵野美術大学入学。 昭和32年3月 武蔵野美術大学卒業。 昭和35年 一線美会に出品して文化賞を受賞。横浜でデザイン事務所を興す。そのころから仏教に傾倒し始め、東京大学の聴講生となってインド哲学を学ぶ。その後、大正大学、ホノルル大学で宗教哲学の博士号をとる。出家して身延山の僧侶となり、さらに大本山中山法華経寺の住職になる。 昭和52年1月7日 名前を「泰顕」に改め、鎌倉や赤城山で托鉢を始める。 昭和56年12月10日 宗教法人慈雲院設立(群馬県勢多郡富士見村大字小暮1588番地30)、開祖・日潤。 昭和57年3月28日 三重県多気郡勢和村に妙尊寺建立。 昭和59年9月11日 宗教法人妙法山妙尊寺設立、開祖・慈雲。 昭和62年6月17日 名前を「慈雲」に改める。 平成2年 スリランカに慈雲国際人文科学研究所を設置。 平成6年6月 慈雲院を富士見村大字赤城山1204番地538に移転。 平成8年10月 スリランカ国立コロンボ大学名誉主席教授に就任、ウェスタン・キャンパス建設。 平成8年5月24日 青木慈雲の辞任に伴い、荒了寛が慈雲院住職に就任。








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